御岳山(549M) 1月24日(土) 曇 単独
お た け や ま
午前中の降水確率20%で曇、午後からは悪くなる予報です。朝、外を見ると高曇で風も無くいい感じ。。午前中に近場で行ける山は???いろいろ悩みましたが・・三方郡美浜町にある御岳山(おたけやま)に行く事にしました。国吉城跡から縦走(そんな大げさではない)する歴史ロマンコース(勝手につけた・(^^ゞ)に決定!

R27号の椿トンネルを過ぎてすぐ左斜めに佐柿の集落に入り、突き当りを左に折れ、100Mぐらい行くと登山口の看板があります。駐車場は無いので、ジャマにならないように・・適当な場所に。。f(^_^;

この登山口近辺には小浜藩の准藩士屋敷跡があった所で、残った石垣が当時を偲ばせます。准藩士屋敷跡とは、敦賀の地で捕まった水戸の天狗党で、処刑されなかった残党が住んでいた所です。今発掘調査中らしいです。

ここの積雪は5cm程度。山頂でも大した事はないと判断し、アイゼンだけをザックに入れて7時25分にスタート!発掘現場を左に見ながら小川沿いの道を行くと、やがて道はつづら折の坂道になっていきます。坂は急ですが、整備されてるのでけっこう楽です。約20分で本丸のあった国吉城跡に到着(標高197M) 大正時代に建てられた石碑などがあり、ちょっとした広場になっています。立木の間からは美浜町の町並みや若狭湾が見る事ができます。

昔、ここは越前と若狭の国との国境に位置し、越前から若狭に行くには海路は別にして、このすぐ下にある椿坂を通らなければ行けなかった交通の要所だったのです。城主の粟屋勝久(織田派)は朝倉の度重なる襲撃に何年も耐え、最後まで朝倉が落とせなかった城として有名で軍記物にも出てきます。(私が読むわけない・(^^ゞ) 織田信長が朝倉を攻める時、この城で戦略を練ったとも言われています。

ちょっとした吊り尾根みたいになっていて、御岳山まで尾根伝いに登って行きます。左が杉林なので展望はきかず、右側だけ立木の間から美浜町の集落が見る事ができます。約15分でNHKの小さなアンテナが建っている場所に到着。このあたりの積雪は10cm程度。

アンテナを通り越しさらに登って行きます。だんだんと雪は深くなり、登山道がはっきり分からなくなってきます。猪の足跡だけが私を頂上へ導くように付いているようです。でも、当たり前ですが・・獣(私も?)は気まぐれ!あまり信用してはいけませんよねぇ(笑) 地形図を見ても分かるように、尾根を大きく外れないように登る事が大事です。あと、ここは地元の美浜町山岳会が整備されています。切り株や枝払いの跡を注意するのも必要でしょう。下ばかり見ないで、常に広角的な視野でどうぞ!(当たり前でスイマセン)

約30分で、今度はNHKとFBCのアンテナが建つ広場に到着。展望は全くききません(アンテナに登れば別ですが・笑) ここには反対側から作業道が付いています(普通車は無理) この作業道を100Mぐらい行くと御岳山の看板があるので、右に入ってまた尾根を登ります。だんだん雪は深くなり・・30cm弱ぐらいでしょう。だんだん急坂になっていきます。(--;) でも、あまり滑る雪質じゃないので歩きにくくはないです。今度は右が杉林になってきます。木の名が書いた札が各木に付いてて勉強になります。でも?木でも花の名でもそうですが・・なぜあんなに分かりくい長い名を付けるんでしょうかね?長い名には9文字もありましたよ。せめて・・4文字以下にしてくれないかなぁ。。f(^_^;

約55分で御岳山山頂に到着!ここも広いですが、展望はあまりよくありません。今の時期だから木々の間から景色が見えますが、他の時期だと・・・?(これ以上書きませんが) やっぱり人はいませんねぇ。。まあ、慣れてますけどね!(T-T)

20分程休憩して下山開始。雪道の下山は大好きなんですよ。雪がクッションになって足に優しいですからねぇ。簡単に言えば・・ウエイトの問題なんでしょうが。。(^^ゞ

今日は山頂でも無風に近く快適でした。この季節に風が無いのは大変ありがたいです。下山中に晴れ間が広がってだんだん天気が良くなってきました。しかし、最近の天気予報はどうなってるんでしょうね!?・・・いいように外れてくれるようです。。(^_^)v
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<行程時間>
登山口 → (20分)国吉城跡 → (45分)NHK等のアンテナ → (55分)山頂
→ (60分)登山口
<所在地>
福井県三方郡美浜町
登山口
国吉城本丸跡
アンテナ等
尾根道
山頂直下から
山頂
御岳山の全容
山頂から敦賀半島方面
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