小谷山(494M) 1月8日(火) 晴時々曇  チーさん
青春キップは20日までしか使えないらしいので、1月の定期はできればそれまでにやれれば!と。
でも?・・日がない。まあ、人が買ったキップだからどうでもいいのだが。\(`o'")  結局8日しかないのだが、夜勤明けだし遠くやハードな山は無理。いろいろ思案しているうちに思い浮かんだのが小谷山、あの浅井長政の城があった所である。鈴鹿などへ行くのにすぐ前のR365を通る度に眺め、何時かは行かねば!と思っていた。正確には20年以上も前に車で途中まで上がっている。記憶がわりといい方なので、ほとんど覚えていない。(^^ゞ チーさんは2度目だそうだ。

浅井長政は、越前の朝倉氏と同盟を結んでいて友好が深く、朝倉氏と不仲だった織田信長とも同盟を結んでいたが、結局最後は信長を裏切って朝倉氏と滅びてしまう。長政の正妻は、信長の妹のお市の方。長政の死後、織田家の筆頭家老職で越前を任せられていた柴田勝家の妻になる。そんなわけで、福井とちょっと関係があるわけです。私が勝手に歴史を変えてはいけないので、浅井長政と小谷城の詳細については、こちらを参考にしてください。
仕事を終えて木ノ本へ向う。途中、チーさんから電車が濃霧で1時間遅れるとの連絡が入る。今から思えば、これも亡霊の仕業だったのだろうか。。(笑)
敦賀から30分も走れば青空が広がり、ぽかぽかと暖かい陽気で北陸の天気など信じられない。米原駅でチーさんを乗せ、亡霊しかいない駐車場に着く。東屋の奥に赤い実が生っていたのでチーさんは見に行くが、私は任せて気にせずに準備をする。(^^ゞ 今日は新調した登山靴の履き慣らしという意味もあるにはあった。

案内板に目を通し、車道の上り口から大手道と書かれた方へ入る。松食い虫の処置で、伐採中で通行禁止と看板に書かれていたようだがあまり気にはならなかった。(^^ゞ 濡れて滑りやすい赤土の急坂を登る。冬イチゴの赤い実が沢山生っている。チーさんは口に入れているようだが、これがよくお腹を下す原因なのかもしれない。\(`o'")
すぐに前衛基地だった「出丸跡」があり、車道を横切って再び大手道に入る。広く緩やかな尾根道。陽射しが暖かく、まるで春のような妖気、いや陽気である。珍しく新しい登山靴も足にピッタリと合ってくれている。

左の木立の間から小谷山山頂が見え出す。この山頂には小谷城より古い大嶽城があった所。
「間柄峠址」、「望笙峠」と過ぎ、大手道から「金吾丸」と書かれた方へ入る。あまり人が入らないせいか少々藪っぽい。サザンカの花が、まるで○○を弔うかのように至る所に咲いている。
金吾丸を過ぎたとこが車道の終点で、一番上の右の案内板が立っている。これからいよいよ城の核心部へと入って行く。何が出できても驚かないように心の準備を! 「あのなぁ、何でそんな事ばかり言うねん!」 (^^ゞ

「番所跡」「お茶屋跡」「馬屋敷跡」を見ながら歩く。
「馬洗池」を過ぎると、思わず目が止まって緊張してしまう「○○石」 よくお似合いでんなぁ!\(`o'")
長政が29歳という若さで自害した「赤尾屋敷跡」へ向う。裏切り者が大嫌いな信長も、長政だけはそもそも討ち取る気はなかった。妹の夫でもあり、指揮者としての手腕を高く評価していて大和の地を任せるつもりでいたという。再三の降伏を促すが、長政はそれを最後まで聞き入れなかった。三代続いた浅井家も、ここで終わりを遂げる。

雪の中に不思議な形の足跡が!? 
「ギャァーー!!!もう〜 やめて〜なぁ!」 ← の方がよっぽど私は怖い。(^_^;)
戻って「桜馬場」「本丸跡」へと巡る。本来ならここは展望が良さそうだが、今日はガスガスで薄っすらとしか見えない。これも亡霊の仕業か?(苦笑) せっかく出て来てくれるなら女で、できれば巨○で・・(^^ゞ

「だんだんお市の方の気分になってきたわぁー!」  新年早々、何を寝惚けてんねん!(^_^;)
千畳敷の「大広間跡」「中の丸跡」「刀洗い池」「京極丸跡」「小丸跡」「大石垣跡」「山王丸」と巡る。それにしても巨大な山城址である。雰囲気もしっかりと残されている。さすが中世五大山城の一つである。
別に足を上げる必要はないのだが。。(^_^;)
一番上に位置する「山王丸跡」で遅めの食事にする。ここから東側の展望が望まれ、伊吹からの山並みが見渡せる。ただ、今日はガスでダメなのだが。。
食事を終え、小谷山山頂へと向う。一旦下って「六坊跡」 清水谷への分枝を過ぎると、階段が付けられた登りになる。途中からは所々景色が見える。右上の写真は、巡って来た巨大な小谷城址。
小谷山山頂、大嶽城址も広く雰囲気がある。冬だから明るいが、葉が茂ると少々・・かもしれない。

少し周囲を散策し、
福寿丸跡」や「山崎丸跡」へと向けて尾根を下る。落ち葉が溜まりに溜まった急坂で、汚れたら帰れないチーさんはたまらず杖を出す。
急坂もすぐに緩やかな道になる。笹などが生えていて心地よい尾根道だ。ガスさえなければ、展望もそこそこ良さそうだ。
下部は松食い虫にやられた木が多いのだろうか?かなり伐採されている。トライアル用のバイクが2台置いてあり、これで山道を上って来るのだろう。

やがて貯水場?の横から車道に出ると、すぐに新しい清水神社がある。チーさんはここで初詣を済まし?(笑)駐車場へと戻る。途中でオオイヌノフグリが咲いていて、今年早くも野草との初対面となった。

駐車場の東屋でコーヒーを飲んでいると、自衛隊のジープが入って来て上って行った。
「あれはきっと長政の家来やでー!」 今に絶対バチが当るわ!(-。-;)
なかなか楽しい日をありがとさんでした。あれから背後が気になる日々を過しております。(^_^;)
 <見学・休憩を含む行程時間>
 登山口(10時50分) → 番所跡(11時35分) → 山王丸(12時30分〜13時30分) → 山頂(14時00分)
 → 福寿丸跡 → 山崎丸跡 → 駐車場(15時15分)

 <所在地>
 滋賀県東浅井郡湖北町  MAP





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